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金閣寺 / 三島由紀夫

実際にあった金閣寺炎上(1950)を元にした、少年の話。
難しい心情を描いてるのに読みやすいのは、文章がきれいだからかな。
透明な感じではなくて、緻密というか
枠にはまるような精確さ、きめの細かさがきれい。
「宴のあと」もそう感じた。

金閣寺」に出てくる主人公の少年は
美(金閣寺)を自分の向こう岸、対極に位置するものとして、焦がれ、憎む。
吃りをもった彼は、同じように障害、内翻足をもった柏木と出会うのだが
私は彼が気に入っている。
内翻足であることが、柏木の存在の条件であった。
それは彼に常につきまとう。それが彼の個別性で、決して是認出来ない条件。
だから自分は愛されることがないのだと。
彼にとって、内翻足が見過ごされて愛されることは、彼の個別性が無視されていることになる。
内翻足が愛されることを受け入れれば、その生存条件と少なからず和解することになる。
だから愛されることはないのだと。愛はありえないと。

柏木は間違っていないと思った。
しかし彼は多くの女と交際し、そして悉く女たちを傷つけていく。
悪意を含んでいるようなその傷つけ方は、私には、自分の条件への報復のようにみえた。
彼はきっと、死ぬまで孤独で、戦い続けるんだと思う。

主人公も孤独な少年だった。
彼が性行為へ臨もうとすると、金閣寺が、永遠の美が、必ずこれを阻む。
彼の生存条件を思い出たせ、生へ近づくことを許さない。
彼と、私の体験と、似通うところがあるように思うのは勘違いだろうか。
生に触れようとして、光に近づこうとして
自分の世界を思い出され、闇に再び堕ちるのである。

金閣寺は永遠の美で、人生は刹那。
主人公が人生に触れようとする度に金閣が阻むのは、相容れないから。
拒まれた人生の中で、彼は金閣を燃やすに至る。

私が
昔永遠をひどく求めていたのは
うまく人生のなかにいられなかったからだろうか。

たしかに人生は刹那だが 金閣より美しい
と 今の私は思うのだが。

彼が金閣を燃やすに至る理由、物語一番最後の
「私は生きようと思った」の一文がよくわからない。
もう何度か読んだらわかるだろうか。
面白かったけれど、難しいよと思ったのは確か。
三島さんは、いつもこういう世界で生きてたのかな。
仮面の告白は、絶対読もう。

まとまらないままで、第一回目レビュー終了
むずかしいよー…

 

 

金閣寺

金閣寺