ブッダのことば / スッタニパータ(中村元訳)

バイトがなくなり、試験も完全に終わり、ダメ人間化が絶賛加速中。
朝まで飲んで→寝て→飲みいく、とかって、もうあたし生ゴミだな、生ゴミ

今朝帰宅途中、美しい朝焼けに出会った。

30-13


これも偶然必然、二度とない瞬間なのだわ世界は只一つで只一瞬なのだわ、
などとつい生ゴミな自分を正当化してしまった。
うん、はやく働こう。
最近のお手伝いバイトじゃお小遣いにしかならん>< 
というか人間として終わる。

そういえば中旬くらいに髪をばっさり切って、派手な毛色になってみた
最近カラーが落ちてきてもっと下品色。
たぶんこゆ色は人生最後じゃないでしょうか。
試験で大学行ったときあたし浮いてたもんね、ぷっかぷかだよね。
さすが、ダークブラウンの巻き髪が圧倒的に蔓延っている大学である。

話は全然変わるんだけどスノボにハマりまして
春休み中、たぶんあと3回くらい行く予定。スノボ破産してしまうね。
旅行も行きたいのにー。
奈良にも離島にも行きたいし、青春18切符であてなく電車旅もしたい。
お財布と相談ですね、完全に。
つ-か娯楽の予定ばっかりで、お金はいつ稼ぐんですか、っていうね。

娯楽享楽快楽堕落。
こういうものが大好きです。快感原則に忠実です。
ブッダのことば」には、そういうもの全てを絶て、とありました。

たとえ地球が一日に3回転しようとも、それは無理だと思った。

ということで、読書感想は「ブッダのことば」。
そういえば、試験前日「ブッダ」となにかの単語で検索かけたら
聖☆お兄さんがいっぱい出てきて困った。

 

死生論(今期ワースト1の講義★)の教材だった「ブッダのことば」。
試験前に、ちらっと目とおしてみました。

もともと、神とか宗教とかそういうものには一切関心のないわたし。
それでも寺や神社を見るのは好きだったりするんだから、そういうとこすごい日本的だなあとか思う。

で、「ブッダのことば」。仏陀が語ったと言われる言葉がずらら~と綴ってある。
原文はサンスクリット語ですが、この中村訳はかなり直訳に近いそうで。
全体の1/3くらいしか読んでないが、少し感想書いてみる。

第1章蛇の章の「犀の角」

「交わりをしたならば愛情が生ずる。愛情にしたがってこの苦しみが起る。愛情から禍いの生ずることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め。」
「実に欲望は色とりどりで甘美であり、心に楽しく、種々のかたちで、心を撹乱する。欲望の対象にはこの患(うれ)いのあることを見て、犀の角のようにただ独り歩め。」

 ~犀の角のようにただ独り歩め。と5ページにわたって繰り返されるこの章。
崇高な目的のために共同できる以外の朋友は絶て、
娯楽を絶て、欲を、執着を捨てろ、愛や情も断ち切れ、独り歩め、と。
初期仏教の修行の道は、本ッッッ当に厳しかったようで。
ふつうは出来ないよこんなこと。

苦しみは煩悩から生じる

たしかにね、そうだと思う。
だから煩悩を生む全てのものを絶て。さすれば苦はない。
たしかにね?理屈としては、そうだと思いますよ、えぇ。
でもやっぱり、それは同意しかねます。
煩悩まみれ欲まみれ 人間くさくて多いに結構じゃありませんか。
きっと悟りの境地って
凪いだ海のように、おそろしく静かで平穏なんだろう。
羨ましいと思わなくはないが
それでもあたしは、膝抱えて泣いてみたり、胸掻き毟って苦しんでみたり、大口あけて笑ったり、酒飲んでばか騒ぎしたり、していたい。

「仲間の中におれば、遊戯と歓楽とがある。また子らに対する情愛は甚だ大である。愛しき者と別れることを厭いながらも、犀の角のようにただ独り歩め。」

 愛するなとはいわない。悲しむなともいわない。
けれども"絶て"という。
こういう感じで修行をしたら、人間離れもするわ、そりゃあ。
神か、鬼か。

 

「生れを問うことなかれ。行いを問え。火は実にあらゆる薪から生じる。」
(第3章大いなる章 「スンダリカ・バーラドヴァージャ」)

 「強くあるいは弱い生きものに対して暴力を加えることなく、殺さず、また殺させることのない人、――
「敵意ある者どもの間にあって敵意なく、暴力を用いる者どもの間にあって心おだやかに、執着する者どもの間にあって執着しない人、――かれをわたくしはバラモンと呼ぶ。」
(第3章大いなる章 「ヴァーセッタ」)

 
後者は有名でしょうか。
胸に響く言葉もいろいろと見つけられそうなので、ゆっくり読んでこうと思う。
人生に苦しみ惑ったときとかに・з・