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我輩は猫である / 夏目漱石

おそらく小学生のころから持っていた、青空文庫の上下巻である。
今期、夏目漱石の講義をとったのでやっと手にするに至った!
いまさら。

そしていまさら驚いた。
なんて面白いの゚Д゚!

「それから」「三四郎」よりすきだ。
三四郎もユーモアの効いた文章が多かったけど、これはアレだね
ギャグ小説目指してんのかなってくらい、ネタだらけ。
愉快痛快。ときどきピリっとした人間世界への皮肉。猫かわいい。
くだらない日常生活のドタバタをこんなに面白おかしく描写できるのは
漱石の語彙、巧みな文章力のおかげなんだろう。
適当なことばっか言ってる迷亭さんが好きです。


そういえばインターンいっこ決まりました。
2週間、もしかするとタダ働きのアルバイトみたいになるかも;;
自己省察したり企業研究したり、始めなきゃです。
もういくつかインターン行きたいから、ESも書かなきゃです。
早くもなんか、シューカツ★ムード漂ってきてる
うぇ

かすかな春の予感は夏が来てしまったので腐りました。

以下
我輩は猫である」のお気に入り部分。

 

だいいち日記などという無用なものはけっしてつけない。…主人のように裏表のある人間は日記でも書いて世間にだされない自己の面目を案室内に発揮する必要があるかもしれないが、…

こういう「公開ブログ」なんかになる前の日記は、たしかに表には出さない自己のはけ口だった。あたしなんかまさにそうだった。

 

すべての安楽は困苦を通過せざるべからず」という第四の心理を経験して…

人生の目的は口舌ではない実行にある。自己の思い通りに着々事件が進捗すれば、それで人生の目的は達せられるのである。…

 ふむその通り。口で何を言おうと、それだけでは何も達せられない。

 

世に住めばことを知る。ことを知るはうれしいが日に日に危険が多くて、油断がならなくなる。狡猾になるのも卑劣になるのも表裏二枚合わせの護身服をつけるのもみなことを知るの結果であって、ことを知るのは年を取るの罪である。…

 これが「大人になる」ということだ。知識と経験によって、私たちは純真さを失っていく。その代わり、身を守る術を知る。
世の中に傷つかないように生きていくには、汚れて妥協していくしかないのです。

 

デカルトは「余は思考す、ゆえに余は存在す」という三つ子にでもわかるような真理を考え出すのに十何年かかったそうだ。すべて考えだすときには骨の折れるものであるから…

 デカルトどんまい。
 つーかアレだね?漱石さん的には、これは真理なんだね。

 

はじめてなまこを食いいだせるひとはその胆力において敬すべく、はじめてふぐを喫する漢はその勇気において重んずべし。

 だから、何事においても”はじめて”ってスゴいってこと。
なまこ食ったひとって本気ですげえと思う、尊敬する。どうゆう経緯で食すに至ったんだろう。

 

もてあますくらいなら製造しなければよいのだが、そこが人間である。… ただいらざることを捏造してみずから苦しんでいるものだといえば、それでじゅうぶんだ。

 ひとは頭が良いのか愚かなのか。
ところで、この話は「子ども」の話からの流れです。こわw