クォンタムファミリーズ / 東浩紀
月末から1泊で富士急旅行行ってきまんた・ω・
青春うける
うん楽しかったよ、うん。
高速バスの中でお互い読書してる、とか
そういう関係は楽で すごく好ましいです。
北原ミュージアムがとても楽しかった!!
レトロおもちゃとか好き
というか、レトロなものが好き。のすたるじー。
青梅の昭和レトロ商品博物館も行ってみたいんだよなあ
なんでしょうね、古いモノたちの あの独特の雰囲気と愛くるしさって。
続きは読書感想なりり
ほんと最近よく読むなー。10月、課題本も含めたら10冊近く読めたかな??
東浩紀、クォンタムファミリーズ。
東さんは前期の授業で「ゲーム的リアリズム」取り扱ってたから
「動物化するポストモダン」も読んだし、twitterもフォローしてたりする。
どんな小説書くのかなー、と思いきや
構成くそ複雑www
あたしは理数系はてんでダメだから
量子だ回路だ何だって話は右から左に流れてる状態で
いくつものパラレルワールドが繰り広げられて、もうね、図式化したくなるくらい。
でもまあ面白かった。
最後とか置いてけぼりにされてる感もあったけど、でも割と面白かった、と思う。
批評本でもけっこう言及されていたけど
東さんは「ゲームのような小説」をとても意識してる。
マルチエンディング、っていうんですか
人生は決して一本の道ではなくて、幾つにも分岐してて、
実際今の時代の私達は、選ばなかった道は経験不可能なわけだ。
だけどこの「クォンタム」には、他の人生を送る平行世界が存在するし
批評本で紹介されてた「九十九十九」や「All Need is Kill」でも
”他の人生の可能性(存在)”が描かれる。
自らゲーム的リアリズム、に挑んだ作品なんでしょうかね?
もし仮にそこでフラグが立たず、分岐の迷路に迷い込み、もはやバッドエンドしか見えない状況に陥ったとしても、ゲームバランスに怒りをぶつけるのはプレイヤーすなわち神の役割であり、ぼくたちキャラクターの役割ではない。
プレイヤー=神。ゲームバランスに怒っていいのは神だけ。
ここお気に入り。
つか思うんだけど、ある程度ネット・ゲーム用語とか知ってないと
フラグとかそういうの多分わからないよねー