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女ぎらい。

9月です。
大好きな夏も終わります(´・ω・`)

あたしの今年の夏はですねえ
主にバイトとゲームと酒でした。はい。
でも後悔とかしてないの別に
というかもうね、こういう日常でいいの別に
最近アレしたいコレしたいという欲求があまりない。
バイタリティの問題ですか?それとも肝臓の問題ですか?

伊豆旅行にだけ行った!
海も空も青くて、海鮮うまくて、星が綺麗で、まんぞくでした。

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さて今日は久々に読書しました
6時間以上。
もうすぐ卒論ゼミの合宿があって、そこで発表をするのだけどね
あたし何もしてないんですよー\(^o^)/
とりあえず放置してた卒論用の本を慌てて読んでみた。
いや困ったよね。このままじゃあたし何も語れないよね。
8月で、無双orochiスクイズとモンハン(再開しました)については多少語れるようになったと思うんだけど!どうかな!

というわけで、久しぶりの読書感想的な。

 

「だれでも一度は、処女だった」 千木良悠子

ゼミの先生に借りて読みかけ放置していた。
20代~80代までいろーんな女性に、初体験のインタビューをしてるという謎な本。
これでも参考資料です。
どんな卒論テーマなんだよって話だよねてへへ

でも読んで無駄ではなかったかなー?
婚前交渉ご法度っていう風潮についても語られていたし。
40代より上の年代くらいまでみたいだけど。
間にいくつかコラムもはさまっていたのだけど(宮台真司とかいた)
文芸評論家の清水良典っていう人が、”文学作品のなかの処女”で語っていて面白かった。
そもそも「処女」という単語はvirginの和訳として明治期に使われだしたものだとか。

 

だれでも一度は、処女だった。 (よりみちパン!セ)

だれでも一度は、処女だった。 (よりみちパン!セ)

 



そしてもう1冊。

「女ぎらい -ニッポンのミソジニー」 上野千鶴子

これ面白かった!
ミソジニーというのは、簡単に言って”女性蔑視”のことだそうです。

男性は性的主体であって、女性は性的客体。
男性が最も恐れているのは、性的主体からの転落。
男性が女性に対し抱くのは「所有欲」。

「結局おまえらの欲望、優位性、男同士の絆を満たしてくれる存在として女性はあるべきって思ってんだろ」
みたいなね、ちょっと乱暴なトコロはありますが、かねがね同意できる内容かと。
卒論について考えてるときに(ちなみにあたしのテーマは「処女信仰」)
男性の優位性が脅かされること、自尊心が傷つけられることへの恐怖っていうのもあるのかなーとは思ってた。

女性の中のミソジニー、が特に興味深かった。つまり、自己嫌悪。
男性から選択されること、評価されることが女性の価値であるということへの反発、っていうのかなあ。
スペックの高い男性を得ることが、ある種ステータスであるのは間違いない事実。
そういう男性を得るためには、男の優位性を損なわないように、欲望を満たせるように、”女らしく”なければいけない。
そうやって”女”として生きることへの葛藤、かな。

あたしは、昔からこういう感情強く持っていると思う。
「女だから」とか「女なのに」とかが嫌いで、男に負けることも気に食わない。だからこんな粗野な性格になったと思うしw
自分が女であること自体が嫌で仕方ない時期もあった。完全に、女のミソジニー
でもいつからだろう。
女として生きることを受け入れた、と思う。
今も男勝りな性格だし、女性が弱者であるという見方には反感をもつけど
昔ほど”女性性”への嫌悪感はないし、寧ろ、そういうのをつかうようになったと思う。
バイトの商売柄もあるかもしれないが、男性から評価されることにある程度、自分の価値をみてる。
この事実は、あたしとしてはわりと気分の良くないことだけど。
あぁでもまあ、この「気分が良くない」っていうのが、上野千鶴子のいう”女の生きづらさ”か。

親子間の話も面白かった。
家父長制的な家庭では、娘は父に”所有されている母”を見て育つ。
娘はそんな母を見て蔑み、母は抱えている女らしさへの嫌悪から(上述した”女として生きることの葛藤”)、娘の”女”を憎み、自己嫌悪を植えつける。
「女はミソジニーを母から学ぶ」のだそうです。
母は娘に自分の出来なかった生き方をして欲しいとも思うけれど、それを素直には喜べない。
なぜなら同じ女だから。
(男性から選択されることに価値がある女性は、全ての女が敵(ライバル)なんだって話もあった。)
ちなみに息子にとっての母は、「唯一蔑めない女性」と言われていた。自分の出自に関わるからね。

だいぶ長くなってしまいました。
男性はホモソーシャルな連帯のため、女性は自身の価値のため、
モテる/モテない がなんか馬鹿みたいに重要で、いやもうほんと馬鹿みたいだ。
ほんとうは、男と女はずっと憎みあってるのかもしれないね。
いやでもそれだとあまりに悲しいので、憎しみの裏側は愛情、ってことで。
まああたしは、憎しみと愛は同時に存在し得る感情だと思っているからね、うん。

 

女ぎらい――ニッポンのミソジニー

女ぎらい――ニッポンのミソジニー